こんなとこ行ってみよ!–2–


■釈迦堂 殉死の墓、譜代家臣の墓

三代将軍家光公の死に際して、殉死した側近5名の墓碑です。
堀田正盛、阿部重次、内田正信、三枝守恵、奥山安重の5名の墓標があります。殉死は一度に有能な家臣を失うことであり、後継者にとっては大きな痛手となることから、寛文3年 四代将軍家綱の時代に、幕府は殉死を禁止し、江戸時代を通じて、この堀田らの殉死が最後となりました。
譜代家臣の墓も同じ場所にあり、家康譜代の有名人の墓19基が並んでいます。
家光を巡る人間模様が見えてくるようで見逃せない場所です。
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■田母沢御用邸
神橋を渡り再び坂を上っていくと御用邸通りに入ります。つきあたりにあるのが田母沢御用邸です。
旧紀州徳川家江戸中屋敷の一部を移築し、その他の建物は新築される形で、明治32年(1899)に大正天皇のご静養地として造営されました。
お庭の素晴らしさと内装の作りの緻密さ日本の美の神髄を見る事が出来ます。隠れた名所ですがぜひ訪れていただきたいところです。
日光田母沢御用邸記念公園


■日光表参道 長坂
神橋を渡ると急な坂が見えてきます。これがかつての日光山の入り口です。今でも正式参拝されるならここから登られるのが良いとされます。実際登ってみるとかなりの急坂です。自動車が通らない道でかつての面影を偲ばせる風情ある道です。登りきると輪王寺の勝道上人の銅像が出迎えてくれます。


■深沙大王堂(じんじゃだいおうどう)
神橋を渡ると大きな杉の木(太郎杉 樹齢550年)があります。その横に小さな社があり日光に入った勝道上人(しょうどうしょうにん)は深い谷の大谷川に阻まれます。渡る事が出来ず祈りをささげると対岸に恐ろしい姿の深沙大王が現れ、大王は二匹の大蛇を川に架けてくれますが上人は滑って渡れません。その時、大蛇の背に菅が生え、無事に上人は大谷川を渡ったという伝説があります。上人は深沙大王に感謝しこの社を建てたと言われています。深沙大王は西遊記の玄奘三蔵を砂漠で助けた仏様としても有名です。この御堂から振り返った時の神橋も絶景ですよ!


■神橋
駅前から鉢石町のゆるい上り坂を登りきると見えてくる赤い橋、神橋です。
中禅寺湖、華厳の滝から流れる大谷川(だいやがわ)に架かる日本三大奇橋の一つで山間の峡谷に架けられた「はね橋」の形式としては日本唯一の古橋です。
撮影スポットとして最高の場所です!
一息入れながらの記念撮影はいかがですか?

神橋


■石升の道
御用邸通りからは一本隣の道ですが、行ってみる価値がある道です。
自転車での散策ならばちょっとくらい迷子になっていただくのも楽しみの一つですね。
この石升は大正時代に田母沢御用邸からの水を引いて出来た水道です。大正天皇行幸の際、宮内省大膳部が石升に上屋を仮設して野菜を洗ったりしたといいます。懐かしい日本の原風景を見ながらのサイクリングを楽しんでください!

石升の道


■東照宮、石鳥居、五重塔
表参道から振り返ると大きな石の鳥居があります。NHKの大河ドラマ「軍師官兵衛」の主役黒田官兵衛の息子黒田長政が奉納したものです。石材は九州から切り出され運ばれました。鳥居に掲げられている「東照大権現」の額は、後水尾天皇が宸筆と伝えられ、畳1枚分の大きさです。
五重塔は初代若狭小浜藩主の酒井忠勝が寄進しました。神社に五重塔があるのも神仏習合の地日光ならではのものですね!軒下の垂木が下から4層目までと5層目が違う組み方になっています。これは建物は完成した瞬間から、崩壊がはじまる。あとは崩壊するだけという考え方からあえてこうしたという事です。陽明門の逆さ柱と同じ考え方ですね!ぜひ良く見て見てください!

日光東照宮


■小杉放菴記念日光美術館
当館所蔵の小杉放菴コレクションの中から選りすぐりの作品を展示しております。おしゃれなカフェも併設しております。ぜひ美術館でくつろぎのひと時を!
入場料をチケットで支払いできます!(おつりは出ないのでご注意ください)

小杉放菴記念日光美術館


神橋から上(西側)についての史跡や名所・名勝、店舗の詳しい情報が載った地図が無償ダウンロードできます。

『日光 西町さんぽ』・西町活性化委員会発行
西町さんぽ表紙面

『西町さんぽ・表紙/店舗』
『西町さんぽ・地図』

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